告別式こそ最後のイベントです。故人の事に関しては、葬儀をする時は何か不幸があったという事です。

葬式という行事で悲しみを乗り越える
葬式という行事で悲しみを乗り越える

葬儀は悲しい、告別式は悲しみを通り越します。

葬儀を開催する、それは故人が逝ったという事です。
悲しいという事は、悲しくて、悲しくて…ただ悔しい限りです。
突然別れが来るというのは仕方がありませんが、健康の人ほど突然先絶たれたら、そんな日常が溢れています。
葬儀に出る時は涙を見せないように工夫しています。
何とかこらえる必要があります。
それでも、涙は出なくても目がうるんでいます。
今にも泣きそうなのです。
告別式に出席する人、お通夜に参列する人、若しくは両方出席する人もいます。
両方参列する人の存在もうれしい限りです。
個人にとっては、交流を深めておいてよかった、と天国では内心ホッとしているのではないでしょうか?告別式で喪主を務める人は遺族です。
孤独で行かれるのはどういった思いでしょうか?やはり考えさせられます。
人生、いつ何が何処で、起きているのかは分からない物です。
告別式に参列する人、代表して読み上げる物ですが、紙を見て読みますか?やはり私だったら、何も書かずにそのまま遺影に向かって叫び続けます。
そして、そこで言いたかったことを全てを吐き出す覚悟であります。
個人に先立たれた悔しさ、自分の親だったらよく頑張ったと労いたいです。
苦労して育ててもらった恩を返すしかないのです。
特に、友人だったら、言いたい放題です。
「まずはバカヤロー!」だと思います。
そして「なぜおれに黙って先に逝っちゃうんだよ!!」などがテレビなどで連想されています。
特に年下に言うならば、当然だと思っています。

告別式に参列した後、貴方はその場で帰られますか?まだ葬儀が終わっていませんから、最後まで火葬まで付き合いたいです。
骨を片付けたい、骨だけになった故人の最後を見るという役割があってもいいと思います。
告別式は最後の最後まで気が抜けません。私は誰の告別式でもやはり疲れます。
精神的に疲れていますし、非常に重い物でした。明るく振る舞え、それはあまりにも酷でした。人の死は悲しいですから、平常心は厳しい限りです。

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